何か説明のつかない、いのちの力のようなもの 梨木香歩『岸辺のヤービ』福音館書店
ヤービはそういう男の子なのでした。ちょっと落ちこんでも、しばらくたつとかならず、何か説明のつかない、いのちの力のようなものが、体の奥深くからわきあがってくるようなのです(p220)
舞台は、小さな三日月湖“マッドガイド・ウォーター”。フリースクールの教師であるわたし“ウタドリ”さんが、直立歩行するハリネズミのようなクーイ族の男の子“ヤービ”に出会い、種族をこえた、ひっそりとした交流が描かれる物語です。
この物語には、ヤービというふしぎな生きものが登場しますが、同時に“大きい人”として、人間が登場します。ですから、ムーミントロールの世界とは少し、違うわけです。いったいどこにあるのかは、記されていませんが、わたしたちの暮らしている世界と、地続きなのです。
丹念に描かれた自然、植物や鳥たち、ヤービたちの生態(ウタドリさんは物事を観察する目をもっている人です)はもちろん面白く、知らない動植物の名前をひかえて、調べてみよう、と図鑑を手に取ることもしばしばです(おはなしの森の裏庭に、ときどきやってくる、キジバトも登場します)。
ですが、何より心をひかれるのは、物語の中に生きるものたちの、心のありかたです。たち、と言ってもいいかもしれません。性根、でしょうか。夢見がちなもの、虚言癖のあるもの、勇気のあるもの、語らないもの、強いもの、弱いもの、信念をもつもの、さまざまな心をもつものが登場するのですが、どのひとりも、自由に生きているのです。
自由に、というのは、自分勝手に、という意味ではありません。その性根のために、きびしい毎日を過ごしているものもいます。かなしみを抱えて生きざるをえないものもいます。それでも、彼らは自由です。
それは、この世界で、自分自身であることは当たり前であり、その当たり前が引き起こすもろもろもまた、自分が引き受けなければならない、自分自身の片割れ、みたいなものだからでしょう。
光があれば、影もまた、自分自身です。
影をかかえながらも生きていくこと。これが可能なのは、もしかしたら、マッドガイド・ウォーターの、自然豊かな環境があるからかも、しれません。
空をみあげて、ふっと悩みを忘れるように、自然には、問答無用の治癒力がありますから。
引用したのは、水辺の暮しが、ゆっくりとした進行性の危機にあり、やがては、暮らしが成り立たなくなるかもしれないと、知った時のヤービを評したウタドリさんの言葉です。
……ヤービはそういう男の子なのでした。ちょっと落ちこんでも、しばらくたつとかならず、何か説明のつかない、いのちの力のようなものが、体の奥深くからわきあがってくるようなのです……
“何か説明のつかない、いのちの力のようなもの”が湧き出す井戸を、心の中に持っていたい、と強く思います。
ストーリーは、ウタドリさんと、ヤービの両方を通して描かれます。第一巻では、ヤービの物語が中心で、二巻はウタドリさんの働く学校に通う少年の物語が中心になっています。どうぞ、お楽しみください。
これは、ヤービの深い秋のイラストレーションに登場するハンノキです。安濃川沿いで見つけました。
『岸辺のヤービ』¥1600+税
『ヤービの深い秋』¥1700+税
梨木香歩/福音館書店
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