5月の詩『空気』まど・みちお

 


ぼくの 胸の中に

いま 入ってきたのは

いままで ママの胸の中にいた空気

そしてぼくが いま吐いた空気は

もう パパの胸の中に 入って行く


同じ家に 住んでおれば

いや 同じ国に住んでおれば

いやいや 同じ地球に住んでおれば

いつかは 同じ空気が 入れかわるのだ

ありとあらゆる 生きものの胸の中を


きのう 庭のアリの胸の中にいた空気が

いま 妹の胸の中に入っていく

空気は びっくりぎょうてんしているか?

なんの 同じ空気が ついこの間は

南水洋の クジラの胸の中に いたのだ


5月

ぼくの心が いま

すきとおりそうに 清々しいのは

見わたす青葉たちの 吐く空気が

ぼくらに入り ぼくらを内側から

緑にそめあげてくれているのだ


一つの体をめぐる

血の せせらぎのように 胸から胸へ

一つの地球をめぐる 空気のせせらぎ!

それは うたっているのか

忘れないで わすれないで…と

すべての生き物が 兄弟であることを…と


『宇宙のうた』

まど・みちお詩

かど創房