3月の詩『春に』谷川俊太郎

 



この気もちはなんだろう

目に見えないエネルギーの流れが

大地からあしのうらを伝わって

ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ

声にならないさけびとなってこみあげる

この気もちはなんだろう

枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく

よろこびだ しかしかなしみでもある

あこがれだ そしていかりがかくれている

心のダムにせきとめられ

よどみ渦まきせめぎあい

いまあふれようとする

この気もちはなんだろう

あの空のあの青に手をひたしたい

まだあったことのないすべての人と

会ってみたい 話してみたい

あしたとあさってが一度にくるといい

ぼくはもどかしい

地平線のかなたへと歩きつづけたい

そのくせこの草の上でじっとしていたい

大声でだれかを呼びたい

そのくせひとりで黙っていたい

この気もちはなんだろう

『どきん』
理論社